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横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)1931号 判決

主文

昭和四二年(ワ)第一、九三一号事件被告戸塚管工事有限会社は、同事件原告らに対し、それぞれ金六五三、四〇〇円ずつ、及び右各金員につき昭和四一年九月一六日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

昭和四三年(ワ)第七四号事件原告戸塚管工事有限会社の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、昭和四三年(ワ)第七四号事件原告同四二年(ワ)第一、九三一号事件被告戸塚管工事有限会社の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

〔昭和四二年(ワ)第一、九三一号遺族補償請求事件〕

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対し、それぞれ金六五三、四〇〇円ずつ、及びそれぞれにつき昭和四一年九月一六日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は「原告らの請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、訴外A(以下、訴外Aという)は、被告会社の従業員で、当時被告会社の営業のため訴外Bと一緒にその営業用バキユーム車(神8あ一七四七号)の運行業務に従事していたが、昭和四一年九月五日午後三時三〇分頃、横浜市<以下略>先横浜バイパス陸橋上において、訴外Cの運転する訴外松影産業有限会社所有の大型貨物自動車(神一な一二三四号)にセンターラインを越えて衝突し、詰二〇米下の道路に落ちて死亡したものである。

二、訴外Aには妻子がなく、両親である原告らが唯一の遺族であるところ、右事故は訴外Aが被告会社の業務に従事中死亡したものであるから、被告会社は遺族たる原告らに対し、訴外Aの平均賃金の五〇〇日分ずつ合計一、〇〇〇日分の遺族補償を支払う義務があり、訴外Aの平均賃金は金二、一七八円であつたから、被告会社は原告らに対し、金一、〇八九、〇〇〇円ずつの支払義務がある。

三、しかし、原告らは既に労働者災害補償保険法(以下労災保険法という)により遺族補償一時金として、それぞれ金四三五、六〇〇円ずつの支払を受けた。

四、よつて、原告らは被告会社に対し残額の金六五三、四〇〇円ずつ及びこれに対する年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めるため本訴請求に及んだものである。

五、被告会社の主張に対して次のとおり附陳した。

労働基準法は、労働条件に関する国家的規制の基本法たる性格を有するものであり、災害補償制度について言えば、労働基準法の各規定を労働者にとつて具体的現実的に保障するため労災保険法が設けられたものである。従つて、労働基準法第七九条の保障を労災保険法の改正によつて否定することはできない。労働基準法第八四条の改正も被告会社の主張する趣旨ではない。

第三、請求原因に対する被告会社の答弁

一、請求原因第一項の如き事故のあつたことは認める。但し、訴外Aは、事故当時、現にバキユーム車を運転していたものである。

二、請求原因第二項は否認する。但し、訴外Aに妻子がなく原告らが訴外Aの遺族である点は認める。

労働基準法第七九条によれば、労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は遺族に対して平均賃金の一、〇〇〇日分の遺族補償を行わなければならないと規定しているが、同法第八四条第一項によると、労働基準法に規定する災害補償の事由について、労災保険法に基づいて、労働基準法の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は補償の責を免れると明記してある。そして本件の事故については、遺族である原告らに右給付が行なわるべきものである場合に該当するから、使用者である被告は補償の責を免れるものと解さねばならない。このことは昭和四〇年法律第一三〇号により本条が改正されたとき旧法の条文より「その価額の限度において」なる字句を削除した点でも容易に理解しうるところであるが、右と時を同じうしてなされた同法竝労災保険法の関連条文の改正の趣旨に照らせば一層明白である。

三、請求原因第三項は認める。

四、請求原因第四項は否認する。

〔昭和四三年(ワ)第七四号損害賠償請求事件〕

第一、当事者の求めた裁判

一、原告訴訟代理人は「被告らは、原告に対しそれぞれ金二五八、一九七円ずつ及びそれぞれ昭和四三年一月二八日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、訴外Aは原告会社の従業員で、当時原告会社の営業のためその営業用バキユーム車(神8あ一七四七号)を運転していたものであるが、昭和四一年九月五日午後三時二〇分頃横浜市<以下略>先横浜バイパス陸橋上において、訴外Cの運転する訴外松影産業有限会社所有の大型貨物自動車(神一な一二三四号)にセンターラインを越えて衝突し約二〇米下の道路に落ちて死亡したものである。

二、右衝突は、訴外Aが対向車の有無並びにその進行状態に注意し十分安全を確かめずにセンターラインを越えた過失により起つたものである。

三、原告会社の蒙つた損害

1  右衝突により原告会社所有の前記営業用バキユーム車は大破全壊した。右バキユーム車は昭和三八年一〇月横浜プリンス株式会社より金一、〇八八、〇〇〇円で購入したもので、右事故発生当時の時価は金二三三、一九四円であつたところ、右全壊により昭和四二年四月二二日株式会社横浜ガレージに金八、〇〇〇円を以つて引き取られたに過ぎないため、その差額金二二八、三九四円の損害を受けた。

2  右衝突により右記バイパス路上で、前記原告会社有所のバキユーム車と松影産業有限会社所有の大型貨物自動車とが噛み合つたため、之を引き離すために原告は訴外三国屋運送ことDに依頼し同人は同人所有の牽引車(品い三七一五号)を以つて之を引き離したが、その際の作業にあたり、右牽引車が損傷したため、その修理代として金八八、〇〇〇円を原告会社は昭和四一年一二月三一日右Dに支払つた。

3  右衝突により、対向車たる松影産業有限会社所有の大型貨物自動車も損傷し、原告会社はその修理代として金五〇〇、〇〇〇円の請求を右松影産業有限会社から受け、これを同社に支払うのやむなきに至つた。但し、内金三〇〇、〇〇〇円は原告会社のかけていた損害保険により支払われたので、原告会社が現実に蒙つた損害は金二〇〇、〇〇〇円である。

右123の合計は、金五一六、三九四円である。

四、訴外Aには妻子がなく、被告らが訴外Aの父母として右Aが前記事故により原告に支払うべき損害賠償債務を共同相続した。

五、よつて原告会社は被告らに対しそれぞれ金二五八、一九七円ずつ及びこれに対するそれぞれ本件訴状送達の翌日である昭和四三年一月二八日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因第一項の如き事故のあつたことは認める。しかし、訴外Aが事故当時現にバキユーム車を運転していたとの点は否認する。

二、請求原因第二項の過失の点は否認する。

三、請求原因第三項は不知。

四、被告らが訴外Aの相続人である点は認める。しかし、損害賠償債務を相続した点は否認する。

五、請求原因第五項は争う。

〔証拠〕(省略)

理由

〔昭和四二年(ワ)第一、九三一号遺族補償請求事件〕

一、訴外Aが被告会社の従業員で、本件事故発生当時、被告会社の営業のため、訴外Bと一緒にその営業用バキユーム車(神8あ一、七四七号)の運行業務に従事しており、昭和四一年九月五日午後三時三〇分頃、横浜市<以下略>先横浜バイパス陸橋上において、訴外Cの運転する訴外松影産業有限会社所有の大型貨物自動車(神な一、二三四号)にセンターラインを越えて衝突し、約二〇米下の道路に落ちて死亡したことについては、当事者間に争いがない。訴外Aが事故当時、右バキユーム車を運転していたか助手席に乗務していたかは後記認定のとおり確定できず不明であるが、いずれにしても「業務」に従事中であつたことに変わりはないから、被告会社は遺族補償を支払う義務があるものと言わなければならない。

二、被告会社は、労働基準法第八四条第一項には、昭和四〇年法律第一三〇号による改正までは「その価額の限度において」なる文言があつたが、これが削除されたことは、労働基準法に規定する災害補償の事由につき、労災保険法に基づいて一定の給付が行われれば、使用者は免責されるものと解釈されるべきであると主張するからこの点について考えてみる。

1  労働基準法第七九条には、労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族に対して、平均賃金の一、〇〇〇日分の遺族補償を行わなければならない、とあり、労災保険法第一六条の六、同条の八、別表第二によると、労働者の死亡当時遺族補償年金を受けることができる遺族がないときは、遺族補償一時金の額は、給付基礎日額(労働基準法第一二条の平均賃金に相当する額)の四〇〇日分と規定してある。

従つて、被告会社の主張する免責説によると、死亡労働者が勤務していた事業が労災保険に加入しているときは、その遺族は平均賃金の四〇〇日分の給付を受けるに止るが、その反面、事業が加入してないときは一、〇〇〇日分の給付を請求できることになる。

労働者の死亡によつて、遺族が受ける損害に変りがある筈がないのに、その事業が労災保険に加入しているかいないかという、当該労働者には関係のない遇然的事由により、補償の額が著るしく異るということは、明らかに不合理であると云わざるを得ない。

2  ひるがえつて、労働基準法との関係をみると、労働基準法は労働者保護法の基本法であり、労災保険法は、昭和四〇年の改正前までは、労働基準法の災害補償義務を担保する一種の責任保険としての性格をになつた法律であつた。

右改正後は、労災保険法が単なる災害補償義務の履行担保から、それをうわまわる被災労働者の生活保障、社会保障としての色彩を強めたことは、労災保険法の給付の年金化傾向、打切補償にかわる長期傷病者補償制度の導入などによつて知ることができる。しかしながら、その「責任保険としての性格」が失われたものとは解されない。従つて、使用者が免責されるためには、労働基準法に定める給付を、労災保険法に基づく給付が完全にこれを履行する必要があるものと云うべきである。

3  本件のように、労災保険法に基づく給付と労働基準法に定める金額との間に差額があるときは、改正前の労働基準法第八四条と同様に、「補償を受けるべき者が、同一の事由について、労災保険法によつて保険給付を受けるべき場合においては、その価額の限度において使用者は補償の責を免れ」るものと解するのが相当である。

よつて、被告会社のこの点に関する主張は採用の限りでない。

三、従つて、原告らは被告会社に対し、遺族補償金として、労働基準法第七九条に基づき、訴外Aの平均賃金の一、〇〇〇日分を請求できる。

成立に争いのない甲第五号証の二(労災保険遺族補償一時金請求書)の記載によると訴外Aの平均賃金は金二、一七八円であることが認められる。そして、訴外Aに妻子がなく、原告らが訴外Aの遺族であること、原告らが、労災保険から遺族補償一時金として平均賃金の四〇〇日分にあたる金八七一、二〇〇円の二分の一の金四三五、六〇〇円宛をそれぞれ受け取つたことは当事者間に争いがない。

よつて、原告らはそれぞれ被告会社に対しこの平均賃金五〇〇日分の金一、〇八九、〇〇〇円から受領済の金四三五、六〇〇円を控除した金六五三、四〇〇円並びに、右各金員につき訴外Aの死亡後であること明白な昭和四一年九月一六日より支払ずみ迄民法所定の年五分の遅延損害金の支払を請求する権利を有する。

よつて原告の請求は理由があり正当であるので、これを認容する。

〔昭和四三年(ワ)第七四号損害賠償請求事件〕

不法行為に基づく損害賠償請求事件においては、不法行為者の何人であるかを、原告において主張・立証する責任があるところ、原告会社主張のように訴外Aが事故発生当時現にバキユーム車を運転していたとする原告会社代表者本人尋問の結果(第一回)は信用できないし、その他この点について立証するに足りる証拠がない。成立に争いのない甲第五号証の一ないし三、同第六号証中には、訴外Aが運転していた旨の記載があるが、右本人尋問の結果(第一回)によると、これらは原告会社で記載したことが認められるので、これらを信用することもできない。

すると、原告会社は、本件不法行為者が何人であるか立証できないから、爾余の点を判断するまでもなく、原告の請求は失当であるのでこれを棄却する。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

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